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個人て・・・

初めに・・私は来年3月で60歳です
従って 20代に受けた教育とか体験は恐ろしく過去のものです

年月は早くやって来ます
あっという間の40年でした・・・


自分を回顧する年齢になったということです

前回 絵は個人的に描くものだということを
言いましたが 改めて 考えてみます

まず新人が美術を学習するには 先輩方の作品を模写することから
始めます そのための施設?が昔 ギルドであった?と思いました

いきなり絵を売れ・・とは無理な話なんです
どんなに絵が上手でもみな先輩の模写から入りますから
自分のスタイルがわかってないのです


人に評価されて初めて自身の技量がわかるんです
自分を正当に評価している新人が存在するなら
それはうぬぼれですから・・・笑

まず新人は絵を売らねばなりません
その手段は?先輩方の真似から始めるのではないでしょうか?


現代のように情報が発達した社会じゃありませんから

地域 地方 国 国境を越えて外国へ旅する商売人とかのクチコミなどで
評判が広まります

店舗が街道筋にあれば 商品は売れやすいでしょう・・・
しかし 旅行者が大量に絵を仕入れに来たとは 考えにくいですね?

私は推測します 

国内外の店舗に 版画を並べたと思うんです

前回デューラーの版画を例に出したのも
その意図があってのことです

父親が宝飾の専門家だったらしいんです・・記憶は薄れました・・・

何やらニードル(鉄筆)で銅板を掘り起こす仕事に関係していた?らしいんです


思春期の学問ですから 学校の先生の学問を
鵜呑みにしています


60歳位になってやっと自分の感性で考えることが出来た?んです

調べればいいけど そこまでするほど 評論家でもないし・・・笑

絵を売るためには 評判を気にしなくてはならない・・・


当時人々は 何を考えていたのか? 文学 音楽 哲学 政治

文化・・・様々な要素が絡み合い 人格が形成されます



国の歴史は 人の歴史です

人格を形成する歴史なんです

紀元初期 エジプト メソポタミア文明から ギリシャ ローマ時代を越えて
大人物が現れます みな その人に影響されました アレクサンダー シーザー 
ソクラテス ピタゴラス いろんな分野で傑出した人物が現れています


みんなの共通した話題なんです

何より・・ヨーロッパといえば キリストなんです・・・

彼のことみな知りたがりました

教会では文字で説法します 視覚的にビジョンが必要なんです

挿絵が生まれますね? 今で言うイラストです


専門家がいたでしょう・・・


初めに宗教画の様々な場面を描く画家が必要だったんです

しかもリアルに・・・


この技術を習得するのがギルドだったと思っています


恵まれた子供は英才教育?されて加入します デビューが早いですね?


皆が見てうまいと評価されたら 画題が評判になったら 売れるんです


そうやって成功してきた先輩方を真似るんです


そっくり真似するのではなく 工夫します


やはりいつの時代も人と同じでは売れないのです


自分で解釈したテーマを卓越した技術で描きます
するとそれが評判になり 社会に認知されるんです

絵は貴族 公族の目にも止まりました  権力誇示のため
利用されたんです


ルネサンスというのは 画家の成り上がりの舞台 イタリア ドイツ オランダ フランス
あたりで盛んでした 活躍した場所と年代は重要です 


戦争と政治に関係するからです

私は高校を卒業するまで世界史の授業を受けていました

だから美術史もすんなり頭に入ったのです
記憶力もありました が・・・今はまったくダメになりました・・・笑


なんか戦争があったんだろう?ぐらいにしか思い出せないんです


年代もおよそ何世紀頃?です


それで進めても良いという方だけにお話します笑


顧客を得るには 皆からうまいという
評価を得ます そのために 過去の売れた絵を踏襲?して描くんです

 それがアカデミックの始まりです 

近代の画家たちはアカデミックを嫌いました それは 絵を売るために
民衆や貴族に媚を売るからなんです

若い芸術家たちは その仕組みまで 生活まで理解してないんですね?
絵が売れなくなって初めてその重要性に気がつくんです

アカデミズムとは 広く社会に売るための技術であり考え方なんです
それをしないと画家になれないし 生きていけませんから

みな必死で描くんですね

命を賭けて描くんです

そこから自分との葛藤が生まれます  果たして自分の描きたい絵を
描いてるのか?と・・・

レンブラントの時代になると(16世紀?オランダ)伝記もあり
かなり分かって来ます 作品もありますから 画家の生涯を追えるんです

この人は 恵まれていました 早熟の画家だったんです
画家組合に入り評判を呼びます 裕福な環境で生活しました

結婚も2・3回していたようです

幸せな家庭や新妻を嬉しそうに描いてますから

やがて落日の晩年が来るんです 作品のスタイルは古くなり売れません

画家は借金します 売れないからもっと借金します

やがて行き詰まり家財 自宅を売り払うんです

でもさすが 画家です 作品を残しています 
自分のために描いたと思われる絵を何枚も・・・

それが 個人的な絵だと思うんです

アカデミズムや絵画の技法を無視して作品を残しているんです


明らかに売ることを放棄しています
個人のために描いたんです


だから奇妙に見えます しかし 画家の心情を理解すると

とんでもない飛躍があったりするんです



このことは私の推測です 調べたわけではありません
記憶が間違っていたらごめんなさい


私の 個人的な絵 の解釈です 
長々と 分かっている人には釈迦に説法でした

夢キャンバス舎として 一般の方に見ていただく商品として
個人的な絵画はありか?を考えてみます・・・笑



 

補足して・・・

おはようございます 今朝は早く起きて
コーヒー飲んでます 私は父(91歳)の介護
(週3日施設に通所です)以外 基本的に仕事がないので
朝食を作るだけで 後は着替えを手伝ったりします

父は認知症です 私のこと お兄さんとか どなたですかな?とか
言ってます・・・笑
長いこと見てると 少しづつ症状が変わってきてます
定期的に(2ヶ月おき)病院へ行きます
父は以前脳梗塞で入院してますから 軽度ですが 経過を診てました
その通院も終わり 今は定期診断?とか 血液検査 健康診断 知能検査(テスト)など
しています 知能テストなど私も後ろで立ち会っていますが 記憶力とか 
文章の文字探し(同じ文字に丸をつけていく)なんかもどかしく見ています笑
私もいつか 同じことをするんだと思います 保護者がいればですが・・・

でも父は少しづつ変わって来ました 受験のスピードが早くなりました
最初はマイペースでやっていて 時間がかかりすぎ テストは中断 全部答える前に終了しました 
結果 知能指数が わずか 8だったのです・・・この数字 なかなかです

まず私が理解出来なかった・・・8て どんなん?笑

それを今思い知っています

父は妖精を見ることがあります
私の目の前で そこにいるだろ ほら と指差すんです

小さな人が見えてるんです
はじめは気味が悪かったんですが どこかで 認知症の症状で 幻覚を見ます
と書いてあったのを思い出しました・・・16世紀 17世紀ころですか イギリス
フランスあたりで 妖精画というジャンルの絵が流行しました 私は 中でも 
イギリスのリチャード・ダッドという画家が好きです

その感想は後ほど・・・

そのビジョンは驚くべきものです
画家が実際に見ているような絵を描く理由がわかりました

妖精は見えたから描いてたんです おそらく幻覚を見ての話です

私の横を浮いてるんですからね・・・笑

私はまず妖精画を思い出したんです

父を羨ましく思いました 


しゃべったりはしないようです

悪いこともしない・・・笑


いつか父に見た人々を書いてもらいましょう・・・笑


時々幻覚を見ています

父は怖がる風でもないので 放置していますが
 微笑ましく感じる時もありました・・・笑

傑作は ある日の夕方? 父がベッドで寝ていて
起きて私を呼びます なに? 行くと 父が指差して
いるだろ?見えるだろ? え?何が? おまえがいるだろ?
え? ここにいるよ? いや 横に・・・笑

私がもうひとり立っていたのです・・・笑

 その時は ぞっとしました・・・笑

でも幻覚だとわかっているので すぐ
安心しましたよ・・・笑

今日は怖い話にする予定じゃ無かったんです 
父の幻覚ではなく
昨日の投稿で 絵画は 個人的に描いてると申しましたが
思うところあって 訂正するつもりでした


ギルド(画家組合)に加入した弟子たちは まず 先輩方の作品を見たり
真似して描いたりしたと思います

絵の練習とは 先輩の真似をすることなんです・・・

今でも芸大美大では古い彫刻 デッサン を見て生徒たちが模写?していることと思います

私は近代以降 現代芸術には 興味ありませんでした 
一時期 観念がすごかったからです  それは 雑誌などで見た 読んだ
限り 個人的に受け付けない感性だし 理論だったからです


言葉とか 時間とか みな 自由に感じてるものです 批判するつもりはありませんが

それこそ 大きなお世話でした・・・
芸術を目指す者はみな同じことを考えろ・・・みたいな印象を受けたのです

まったく私の興味ない方向に向かったのです

そこで・・・私の考えを書きます・・・笑

私が絵に関心を示したのは 幼稚園に入る前・・・
愛知県の田舎に住んでいました・・・季節はわかりませんある晴れた日でした・・・笑

私は 近くにあった 本を見ていたのです
その中に目を惹きつけられた1枚の絵がありました
後にわかるのですが ピサロの風景画なんです
私が生まれて始めて見た油彩画なんです

私は その時 彫刻刀を持っていました
目の前にリノリウム板があります 

なぜか版画を作っていたんです・・・笑

彫刻刀の持ち方も知らずに支えている親指に向けて刃を入れました 
刃は滑って親指に刺さります・・・初めての出血でした・・・驚いて泣きます

その後のことは記憶していません・・・笑

それから幼稚園に上がってクレヨンでお絵かきします
あのクレヨンの太さったら・・・笑
折れないように太くしてますね?今でもそうなんでしょうか?笑

あれじゃ 絵を描けませんよ笑
細かな 描写は無理です 子供は お父さんのひげとか
お母さんのまつげとか リアルに描きたいんですよ・・・笑

太いクレヨンしかないのに どうやって 優しい父と母を描くんですか?

描き分けということが できないんですね?笑

みな太いタッチだから ブサイクになるんですよ・・・気持ちが前に出てるから
かわいいんです・・・笑

大人が子供の絵を見て笑う理由はそこなんです
子供に画材を与えなさい・・・見事に描き上げる子供がいるはずです・・・笑


少なくとも私には細いクレヨンが必要でした・・・笑

苦い思い出ですね・・・笑


絵に興味を持ったのは幼ないころからでした

小学校に上がり工作の時間 絵を描きます
当時すでに写実的な絵を描いていました
見える色彩を画面に再現したかったんです

真剣に考えた時もありました 目の前にある石の色をどうやって
出すか?色を作ると明るさが失われます・・・

そこで光学を調べたんです
ニュートンとかゲーテとか出てきました・・・笑

分野が違うので飛ばしましたよ笑
でも宇宙や空間の広さにすごい興味が湧いて・・・笑
見ている空間の延長に宇宙の果てがある・・みたいな妄想を抱く
少年になったのです・・・あげく貧乏ですが・・・笑

役にも立たないことを考えておったのです笑

さて訂正ですが・・・後ほどにします

ご飯の準備です・・・笑


ご期待させてしまって申し訳ありません・・・
今日の午後あたり続きを投稿するかも・・・笑

皆さんお忙しいところをお出でいただき
ありがとうござました


今日も寒さに負けず頑張りましょう・・・笑







 

こんばんは

こんばんは・・・今夜というより朝になってしまいましたが
昨日の出来事を報告します
昨日は 午前中病院へ行きます ある病院で心の治療をしています

あるお方から障害者手帳を貰えば 生活保護も受けられる
仕事だって斡旋してくれる・・とお話を聞いていましたので
急遽思い立って行動したのです笑

診察室で経済的に困窮していること 心に不具合があって生活に支障があること
など話してみました そして障害者手帳を欲しいのですが・・・と切り出したところ
先生は あっさり いいですよ 下りますよ と言って下さりました!笑
先生は障害者年金ですよと言いました・・・え?手帳じゃないの?先生・・・年金です

それはそれで嬉しい・・・だが調べてなかった・・・笑

断られること先回りして調べて行ったのに・・・あのね 仕事をすぐ止めるのは 病気のせいだって
書いてありましたよ 私はそれで すごく悩んでいたんですからね?笑

仕事を点々としたのは 飽きっぽい性格のせいだってずっと
思っていたのです  

デューラーの銅版画「メランコリー」に粘着気質の老人?が頭を抱えている作品があります
粘着気質とは 今で言う 躁うつ病?のことです 画家はドイツ人ですから ドイツ気質という傾向があったのかも知れませんね?
どんな気質か 知ったことじゃありませんが・・・笑 

なんだ 生活保護の絵だったのか・・・笑 と妙に納得しましたよ笑

あの・・絵画作品というものは 個人的に描かれている故 個人的に解釈していいものだと
思います・・・笑およそ万人の共感を得る・・ためという理由で絵を描くものじゃないからです
日本では画家組合なんてありません ヨーロッパにギルド制度というのが 中世11~12世紀頃に出来て
みな そこに加入したんですよ 早い人で 12~13歳で社会に出て働いてますね?

デューラーは13歳デビューでしたかね? 忘れやすいのも 病気だそうで・・・笑
5年くらい前までちゃんと歴史は覚えていたのですが 生活に追われていて 使う場所が無いもので
退化してしまったようです笑 もうすぐ還暦ですが 最近 弱くなって・・・笑

人の情けが見にしむ年齢になりました・・・笑
いかはするめのあぶったのがいい・・・笑飲みませんがね 妙に覚えていますよ笑

昔の画家はみんなデビューが早いです
なぜかというと 生まれた家庭が貧しかったからなんです

子供が働ける年齢・・8歳ころから・・になると親が徒弟に出すんです

組合に加入していれば 実力さえあれば 注文が来ますから 絵がうまい子供はみなギルドに加入したんです もちろん審査はありますよ・・子供だって好きな絵が描けるんだって 喜んで勉強しますよね笑

そうやって 英才教育が進み 若干 中学生程度でデビューするんです・・その仕組みの詳しいことは

私も知りません・・ご質問なさらないように・・・笑

日本人はその年齢の若さだけ見て すごいとか 天才だとか言っているから
そんな人多いから 芸術の本質にまで まだ触れてないのです笑

子供は 好きなことを一生懸命やります その集中力は 大人の比じゃないんです

記憶力はあるが・・判断力がないので 専門家の大人が付くんです

その訓練の場所がギルドなんです


私はそう思っています・・・笑
絵の中から声が聞こえるんです・・・(私の場合)
それは私の心に届きます 母の声父の声それから 誰か?画家の声を聞いて
育ちました だから毎日画家たちと生活していたのです 

私の暮らしでさえそうなのだから 西欧ヨーロッパのギルドとは・・・考えましたね?笑

デューラーは14歳で手を描いたエングレービング(エッチング)を残しています

なぜ その若さで銅版画をやっていたのか? あまりに恵まれた環境なんです

美術学校に入っても 最初はデッサンから油彩画 その後銅版画制作です

日本では版画学校なんてあるのかな?勉強不足で知りませんが・・・
あっても貧乏で入れない・・・笑

つい最近考えたのですが 作品に最初に署名(サイン)したのはヂューラーと言われていますが
なぜ サインしたのだろう?と考えていたんですよ

そこでひらめきました・・・笑
生活のためだ・・・と笑

彼は早くから版画をやっていました 油彩画は制作に時間がかかります だから 丁寧に仕上げるほど
時間をかけるから生活が苦しいんです 


それで 安価に出来る版画を売ります 版画はサイン番号入れしますから その習慣があったのかもしれない・・・一番の動機は金だ・・と思ったんです・・・笑

生活出来なきゃ名誉も人生もないですからね?笑

従って 私の稚拙な結論は 生活のために作品にサインをする・・です笑
自分で考えて出した結論です この件に関してはおしまい・・・笑

ちなみに私のおぼろな記憶では デューラー(D)のDの字が 父アルフレッド(A)の字の中に入っているのは 子供が父に庇護されたいからだって 説がありました・・・笑

ギルドで万人受けする絵を描かねばならないから アカデミックというべき作品(見本品)を練習するんです
それが庶民に広まったのが宗教画なんですね?笑
売れるからなんです笑

西洋の美術史は宗教の歴史なんです

私のそんな知識でも良いなら これから おいおい書いて行きます・・・笑

どうか暖かい目で見てやってくださいね?・・・笑

根拠と申しましても家が火事で文献は全部焼けてしまいました

今あるのは 絶望と悲しみだけ・・・うそ・・希望と喜びだけですよ笑


では 今日も 頑張りましょう!・・・笑













ありがとうございます

こんばんは 夜中起きてます
今日私のかねてからの願いだった 社協(社会福祉協議会)の
審査が通り いくらかのお金を貸していただけることになりました笑

以前聞いた時には え?市役所でお金貸してくれるの?と半信半疑・・・
でも嬉しくもありました 現在無職 無収入の身です

民生委員の方もおいでいただき 相談に乗ってくださいました

皆様に助けられてると言っても過言ではありません

今日も市役所に行き父のおむつまでいただいたのです

おむつは後2枚しかなく 明日からどうしよう?と昨日焦って
民生委員さんに泣きつきました すると 在庫を探して
たくさん持ってきてくださったのです笑

おむつの申請書は見てなかったのです 今までは福祉の方が 定期的におむつを支給してくださいました

先月初め?いよいよ仕事がなくなり 完璧に焦りまくっていた時がありまして

その時おむつの申請書を見ていたのです
でもなんかいつもと違うこと書いてある・・とろくに読みもせず
記入を飛ばして部屋の片隅に置いてしまったのです

いつの間にか無くなりました 私も忘れていました

毎日が食べることと仕事を探すことで いっぱいいっぱいだったのです

今日は気分よく帰れました
生活費は一度に支給するのではなく 定期的に分割して

貸していただきます お話を聞いて安心しました


次回の年金日まで計算して 分けてお貸しいただくのです笑


支払いも滞納分はまとめて払うのではなく 分けて払うようにと
教えていただきました さすがやりくりの達人です 借金も奥が深いと思いましたね笑

帰りは楽しく 雨の中 あめあめふれふれもっとふれ・・・と鼻歌唄って満足でした笑
では 明日・・・夜 お目に掛かりましょう・・・笑

皆様の拍手ですか・・・ありがとうございます
まだ仕組みが分からないもので 夜中お邪魔したりしてます
怪しい者ではありませんから ご安心してくださいね?笑











ワンコ日和さん、マルチーズ・りょうたろうくん

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ワンコ日和さん

ほうもんありがとうございます。

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