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心で見る…

最近 年を取ったせいか 見る絵が変わって来ました… 自分が描けないものを描いてる作品はパスしてます…ロケというかスケッチです 但しこれはという作品は心の奥に仕舞って置きます…笑 昔は色彩の構成とか構図に関心がありましたが 今は むしろ 定石を破っている はみ出しているタッチとか描写に拍手を送っています…笑よくぞやったな!!という訳です…笑 はみ出しという点では 私は 長渕剛さんの書をお薦めします…文字が枠からはみ出していて凄まじいエネルギーを感じるのです…笑形とかルールなど一切無視しているのです…これがロックなのか!?と感銘していました…笑 さて 心に届く絵画はたくさん有ります…作家さんの名前なんかどうでもいいでしょ♪笑 私には何を見て描いているか?が問題なんです…描いたら見てもらわなくちゃ…笑よくぞ描いたという作品は心の奥に残るものなんです…大作よりもどんな小さなことでもいい…はっきりと描くことが重要です…笑 例を挙げたいけど投稿の仕方が分からない…私が好きになった作品は美しい色彩で対象を大まかに捉えている解釈の自由なおおらかな作品です…色彩で心理表現しているかのような 大胆な作品が…好きなんです…色彩と言えばマチスがジャズ?という作品で青い色紙を切り紙していました…若い頃見ていましたが どう解釈していいか解らず青いんだと…それだけを納得していました…今はいろんな解釈が出来る年齢になり…ますます形態に対する厳しい姿勢が見えてとれ ハサミを入れる段階で どんな決断をしていたのか?と 絶望すら感じる距離を実感している有り様です…若いということは目標に向かって突き進むエネルギーは半端じゃありません…みな突き進んで行って 壁にぶち当たります それでも 乗り越える人がいます…きっと先人から何かを学んでいるのです…温故知新…自分を振り替える年齢になったようです…今までどうやって生きて来たか? 作品に残さねばなりません…気持ち的に生活が変わって来ました…笑この後 私が変化したこと‥お伝え出来れば…と思います…文章なんかでビジョンを説明するのは もう 終わりに来たのかも知れません…文字には文字の力が…色彩には色彩の力が… 形態には形態の力が…それぞれの表現が有るように感じます…ここで止めにします…勢いで書いたって…意味ないんです…考える時間をもっとください…苦しい…
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出会いとは・・・

長かった連休がやっと終わりました
生活の困窮は容赦なくやって来ます
財布にわずかなお金を数えている日々でした

最近はインスタントラーメン そば カップラーメン 卵焼き
くらいしか食べてません

ご飯が一日おきになくなります!笑
ほとんど毎日5合炊いてる気がします・・・


すぐお腹が空くので 満腹にする工夫というものを
試みております
みなさんも お金なくなって食べ物に困ったら
やってみてくださいね?笑


今夜はご飯にお茶漬け(かりかり梅、しそふりかけ混合)お湯を注ぐだけで
美味しいお茶漬けです!笑

茶碗一杯に盛ります
そしてそばを一束茹でまして 玉子!をポン!!笑


私は貧乏の最低のたしなみとして 玉子 そば トマトを
欠かしません笑


パンや牛乳を食いたいのだけど あまりにお金がないと
買えないじゃん?笑


なんだか食べてるのに栄養失調になっていきます・・・笑
体重は全然変わらないの!笑


お腹が空いたらトマトをかじります
仕上げに水をぐいっと一飲み笑
これでかなり落ち着きます

空腹は人を不安にさせます
雛鳥が巣で口あけてピーピー泣いてるのを
みなさん知ってますよね?
よく番組で撮ってますね?

あれは ひなが空腹に耐え兼ねて ママ!御飯くれ~!と叫んでいるのですよ・・・笑
鳥さんたちも貧乏なんですね?
だから 金持ちに見える華麗な外見を選んでるのかも・・・笑

さて 出会いですが 私が最初に出会った絵画というのは 以前簡単に書いたのですが
3歳頃? ひだまりの明るい部屋で日向ぼっこになり 身近なおもちゃで遊んでいたのですが
そばに雑誌があって 「ロボット三等兵」なんか載ってたんですよ笑
今では忘れ去られた おとぼけ漫画のルーツです笑
笑ったことは記憶あるけど 何が描いてあったか全然覚えてないんです笑
登場するキャラクターたちのあの笑顔が妙に気になって笑 小さいながら もっとうまく笑顔が描けんのかな?笑 と思っていたのでした 笑

このロボット三等兵が最初に出会った絵画ではなくて笑
カミーユ・ピサロの
印象派の風景画を見たんです
私の画像の記憶の最初はこの風景画でした

今でも覚えています・・・多分 フランス プロバンス地方の民家です
屋根がオレンジ色で 手前にポプラ?並木が林立している 明るい色彩の
風景画です  後年 同じ絵を発見して 画家の名前を知りました

オレンジとグリーンの組み合わせは 後に私が成年して上京した美術学校の生徒の友達のアパートに
そっくりな 庭園がありました 垣根にいちょうかなんか立っているのです・・・この色彩のコントラストに
いつか模写してやろうと燃えましたね・・・笑


でもこの色彩は貧乏と結びつくんです 学生時代は貧乏だったから
絵の具を買えずに・・オレンジ色って単色ではほとんど使わないんです

他の色と混ぜても汚いし 使い辛い色だったんです・・・それで あまり使わない色は 
買わないでおいて なるべく赤と白を混ぜるようにして塗っていました笑
間に合っちゃうんだもんね笑


なのに なんて魅力的なんだ!笑

なぜか記憶に残る一枚なんです  笑もう一枚・・・ベラスケス作のマルガリータ王女がグレーのドレスを着て立っています スカートはふっくらと膨らみドレスは光っています
ドレスにオレンジ色のモール?がかかり 黒で引き締めています

このコントラストにやられました笑
オレンジとグレーは絶妙に映えるんですね?笑


初めてこれが色彩感かと絶句した絵画だったんです・・・

私は後になって モンドリアンとかカンディンスキー クリムト らに色彩を感じるのですが

色彩に関しては奥手でした・・・でも モローと青木繁を見てから
変わりましたね 赤や緑の強烈な配色に参りました

美しいとか宝石という言葉しか見当たらない色彩感なのです

18・19歳頃 赤と緑の発色の研究をしました

同じく絵画雑誌でクラナッハのグリーンを発見します 
同じ木は今でもどこにでもある庭木ですが
緑の葉が茂っていて 太陽の当たる方向に伸びているんです
その光り方がしびれました笑
根元は濃いグリーンなんですが葉先になるにつれ白くなって行くんです
この緑を見て 美しいと感じましたし 改めて古典の絵画を見ると
グリーンがみな 綺麗に描けています・・・

現在日本で売っているビリジアンではないのです笑

ファン・エイクやヒエロニムス・ボッシュのグリーンを見てごらんなさい
あんな色 作れませんよ 昔の画家は自分で絵の具を調合して作っていましたから
あんな 強烈な色彩になったのでしょう・・・


現代はエメラルドグリーンとか 合成して色彩を作っていますが やはり
合成でしかなく 発色は 純粋なグリーンの輝きに適いません

色彩の輝き・・・画家なら誰でも一度は描いてみたいですね?笑


ロボット三等兵から ここまでの飛躍・・・私はいつも心に描いています

こうなったらいいな?がいつも頭の中にあります   そんなことのつれづれも書いて行きます
こうなったら よろしくお願いします笑


連休はずっと考えることばかりで 少し落ち着きました
私には 時間が必要なんだと 改めて感じました・・・


振り返る時間が必要なんです・・・現代はそんな時間ありますか?

貧乏が怖くて何が出来る・・・笑

連休ですね・・・笑休みがたくさんあると嬉しいんですが 別に遊びに行くわけでも
ないので お金の心配ばかりして かえって つらい休日になっています笑

たまに出かける時は近所のスーパーに・・・笑
玉子いくら?とか 牛乳安いとか・・主婦のみなさまの知恵や努力に
感心しています笑
まだ貧乏生活に入ったばかりで いくらか収入のある私には(社協に借金!) 敷居が
高うございますが 社協から家計簿をつけるよう言われました

そこで 買い物のたび 値段とにらめっこして 商品を買いますが 今まで
欲しいものを買って来たので なかなか我慢が出来ません笑

家計簿を毎日記入していると あれやこれや欲しくても買う気になれませんね?笑

バーゲンなんか並んじゃうんでしょうか?笑
今は安いものが目につくと考えて買っていますが そのうち
計画的に行動するのでは?と正直 主婦が鬱陶しいです笑

自分が子供なんですね?笑
父を見てると 私が子供の頃やっていた あるいは考えていたことを
しようとしてるんです  「親は子供に帰る」と 亡くなった母もよく言ってわがままばかりしていました・・・笑

父もそうなんです笑
似てるな?と思いながら 怒ったり叱ったりしています・・・笑

介護はある意味 自分が見えるんです笑
親の背中を見て育っていたのに 今はその向こう・・生活の心配をするようになるんです


それで絵を描く考えが変わって来ました 人物や静物を描くにしても

奥を見たいんです・・・中を見て自分はどう見ていたか?を考えてしまうんです笑
当たり前の見方かも知れませんが 私はそれが出来てなかったんです

ただ 色彩がきれいだ とか デッサン力あるとか ばかり見ていた気がします
どこを見るか?に関心が移りました笑

移り気ではいかん・・と気がついたのですよ笑

さて 連休中に愚痴をこぼしているのは野暮なので笑
少し羽を伸ばします 今は カメラで 雲や家並みを撮っています

色彩に興味があって そのうち 水彩でも描いてやろうじゃん・・と
思っています笑

お金がなくなれば 原点に還る・・・笑
実践しますよ・・・笑








補足して・・・

おはようございます 今朝は早く起きて
コーヒー飲んでます 私は父(91歳)の介護
(週3日施設に通所です)以外 基本的に仕事がないので
朝食を作るだけで 後は着替えを手伝ったりします

父は認知症です 私のこと お兄さんとか どなたですかな?とか
言ってます・・・笑
長いこと見てると 少しづつ症状が変わってきてます
定期的に(2ヶ月おき)病院へ行きます
父は以前脳梗塞で入院してますから 軽度ですが 経過を診てました
その通院も終わり 今は定期診断?とか 血液検査 健康診断 知能検査(テスト)など
しています 知能テストなど私も後ろで立ち会っていますが 記憶力とか 
文章の文字探し(同じ文字に丸をつけていく)なんかもどかしく見ています笑
私もいつか 同じことをするんだと思います 保護者がいればですが・・・

でも父は少しづつ変わって来ました 受験のスピードが早くなりました
最初はマイペースでやっていて 時間がかかりすぎ テストは中断 全部答える前に終了しました 
結果 知能指数が わずか 8だったのです・・・この数字 なかなかです

まず私が理解出来なかった・・・8て どんなん?笑

それを今思い知っています

父は妖精を見ることがあります
私の目の前で そこにいるだろ ほら と指差すんです

小さな人が見えてるんです
はじめは気味が悪かったんですが どこかで 認知症の症状で 幻覚を見ます
と書いてあったのを思い出しました・・・16世紀 17世紀ころですか イギリス
フランスあたりで 妖精画というジャンルの絵が流行しました 私は 中でも 
イギリスのリチャード・ダッドという画家が好きです

その感想は後ほど・・・

そのビジョンは驚くべきものです
画家が実際に見ているような絵を描く理由がわかりました

妖精は見えたから描いてたんです おそらく幻覚を見ての話です

私の横を浮いてるんですからね・・・笑

私はまず妖精画を思い出したんです

父を羨ましく思いました 


しゃべったりはしないようです

悪いこともしない・・・笑


いつか父に見た人々を書いてもらいましょう・・・笑


時々幻覚を見ています

父は怖がる風でもないので 放置していますが
 微笑ましく感じる時もありました・・・笑

傑作は ある日の夕方? 父がベッドで寝ていて
起きて私を呼びます なに? 行くと 父が指差して
いるだろ?見えるだろ? え?何が? おまえがいるだろ?
え? ここにいるよ? いや 横に・・・笑

私がもうひとり立っていたのです・・・笑

 その時は ぞっとしました・・・笑

でも幻覚だとわかっているので すぐ
安心しましたよ・・・笑

今日は怖い話にする予定じゃ無かったんです 
父の幻覚ではなく
昨日の投稿で 絵画は 個人的に描いてると申しましたが
思うところあって 訂正するつもりでした


ギルド(画家組合)に加入した弟子たちは まず 先輩方の作品を見たり
真似して描いたりしたと思います

絵の練習とは 先輩の真似をすることなんです・・・

今でも芸大美大では古い彫刻 デッサン を見て生徒たちが模写?していることと思います

私は近代以降 現代芸術には 興味ありませんでした 
一時期 観念がすごかったからです  それは 雑誌などで見た 読んだ
限り 個人的に受け付けない感性だし 理論だったからです


言葉とか 時間とか みな 自由に感じてるものです 批判するつもりはありませんが

それこそ 大きなお世話でした・・・
芸術を目指す者はみな同じことを考えろ・・・みたいな印象を受けたのです

まったく私の興味ない方向に向かったのです

そこで・・・私の考えを書きます・・・笑

私が絵に関心を示したのは 幼稚園に入る前・・・
愛知県の田舎に住んでいました・・・季節はわかりませんある晴れた日でした・・・笑

私は 近くにあった 本を見ていたのです
その中に目を惹きつけられた1枚の絵がありました
後にわかるのですが ピサロの風景画なんです
私が生まれて始めて見た油彩画なんです

私は その時 彫刻刀を持っていました
目の前にリノリウム板があります 

なぜか版画を作っていたんです・・・笑

彫刻刀の持ち方も知らずに支えている親指に向けて刃を入れました 
刃は滑って親指に刺さります・・・初めての出血でした・・・驚いて泣きます

その後のことは記憶していません・・・笑

それから幼稚園に上がってクレヨンでお絵かきします
あのクレヨンの太さったら・・・笑
折れないように太くしてますね?今でもそうなんでしょうか?笑

あれじゃ 絵を描けませんよ笑
細かな 描写は無理です 子供は お父さんのひげとか
お母さんのまつげとか リアルに描きたいんですよ・・・笑

太いクレヨンしかないのに どうやって 優しい父と母を描くんですか?

描き分けということが できないんですね?笑

みな太いタッチだから ブサイクになるんですよ・・・気持ちが前に出てるから
かわいいんです・・・笑

大人が子供の絵を見て笑う理由はそこなんです
子供に画材を与えなさい・・・見事に描き上げる子供がいるはずです・・・笑


少なくとも私には細いクレヨンが必要でした・・・笑

苦い思い出ですね・・・笑


絵に興味を持ったのは幼ないころからでした

小学校に上がり工作の時間 絵を描きます
当時すでに写実的な絵を描いていました
見える色彩を画面に再現したかったんです

真剣に考えた時もありました 目の前にある石の色をどうやって
出すか?色を作ると明るさが失われます・・・

そこで光学を調べたんです
ニュートンとかゲーテとか出てきました・・・笑

分野が違うので飛ばしましたよ笑
でも宇宙や空間の広さにすごい興味が湧いて・・・笑
見ている空間の延長に宇宙の果てがある・・みたいな妄想を抱く
少年になったのです・・・あげく貧乏ですが・・・笑

役にも立たないことを考えておったのです笑

さて訂正ですが・・・後ほどにします

ご飯の準備です・・・笑


ご期待させてしまって申し訳ありません・・・
今日の午後あたり続きを投稿するかも・・・笑

皆さんお忙しいところをお出でいただき
ありがとうござました


今日も寒さに負けず頑張りましょう・・・笑







 

こんばんは

こんばんは・・・今夜というより朝になってしまいましたが
昨日の出来事を報告します
昨日は 午前中病院へ行きます ある病院で心の治療をしています

あるお方から障害者手帳を貰えば 生活保護も受けられる
仕事だって斡旋してくれる・・とお話を聞いていましたので
急遽思い立って行動したのです笑

診察室で経済的に困窮していること 心に不具合があって生活に支障があること
など話してみました そして障害者手帳を欲しいのですが・・・と切り出したところ
先生は あっさり いいですよ 下りますよ と言って下さりました!笑
先生は障害者年金ですよと言いました・・・え?手帳じゃないの?先生・・・年金です

それはそれで嬉しい・・・だが調べてなかった・・・笑

断られること先回りして調べて行ったのに・・・あのね 仕事をすぐ止めるのは 病気のせいだって
書いてありましたよ 私はそれで すごく悩んでいたんですからね?笑

仕事を点々としたのは 飽きっぽい性格のせいだってずっと
思っていたのです  

デューラーの銅版画「メランコリー」に粘着気質の老人?が頭を抱えている作品があります
粘着気質とは 今で言う 躁うつ病?のことです 画家はドイツ人ですから ドイツ気質という傾向があったのかも知れませんね?
どんな気質か 知ったことじゃありませんが・・・笑 

なんだ 生活保護の絵だったのか・・・笑 と妙に納得しましたよ笑

あの・・絵画作品というものは 個人的に描かれている故 個人的に解釈していいものだと
思います・・・笑およそ万人の共感を得る・・ためという理由で絵を描くものじゃないからです
日本では画家組合なんてありません ヨーロッパにギルド制度というのが 中世11~12世紀頃に出来て
みな そこに加入したんですよ 早い人で 12~13歳で社会に出て働いてますね?

デューラーは13歳デビューでしたかね? 忘れやすいのも 病気だそうで・・・笑
5年くらい前までちゃんと歴史は覚えていたのですが 生活に追われていて 使う場所が無いもので
退化してしまったようです笑 もうすぐ還暦ですが 最近 弱くなって・・・笑

人の情けが見にしむ年齢になりました・・・笑
いかはするめのあぶったのがいい・・・笑飲みませんがね 妙に覚えていますよ笑

昔の画家はみんなデビューが早いです
なぜかというと 生まれた家庭が貧しかったからなんです

子供が働ける年齢・・8歳ころから・・になると親が徒弟に出すんです

組合に加入していれば 実力さえあれば 注文が来ますから 絵がうまい子供はみなギルドに加入したんです もちろん審査はありますよ・・子供だって好きな絵が描けるんだって 喜んで勉強しますよね笑

そうやって 英才教育が進み 若干 中学生程度でデビューするんです・・その仕組みの詳しいことは

私も知りません・・ご質問なさらないように・・・笑

日本人はその年齢の若さだけ見て すごいとか 天才だとか言っているから
そんな人多いから 芸術の本質にまで まだ触れてないのです笑

子供は 好きなことを一生懸命やります その集中力は 大人の比じゃないんです

記憶力はあるが・・判断力がないので 専門家の大人が付くんです

その訓練の場所がギルドなんです


私はそう思っています・・・笑
絵の中から声が聞こえるんです・・・(私の場合)
それは私の心に届きます 母の声父の声それから 誰か?画家の声を聞いて
育ちました だから毎日画家たちと生活していたのです 

私の暮らしでさえそうなのだから 西欧ヨーロッパのギルドとは・・・考えましたね?笑

デューラーは14歳で手を描いたエングレービング(エッチング)を残しています

なぜ その若さで銅版画をやっていたのか? あまりに恵まれた環境なんです

美術学校に入っても 最初はデッサンから油彩画 その後銅版画制作です

日本では版画学校なんてあるのかな?勉強不足で知りませんが・・・
あっても貧乏で入れない・・・笑

つい最近考えたのですが 作品に最初に署名(サイン)したのはヂューラーと言われていますが
なぜ サインしたのだろう?と考えていたんですよ

そこでひらめきました・・・笑
生活のためだ・・・と笑

彼は早くから版画をやっていました 油彩画は制作に時間がかかります だから 丁寧に仕上げるほど
時間をかけるから生活が苦しいんです 


それで 安価に出来る版画を売ります 版画はサイン番号入れしますから その習慣があったのかもしれない・・・一番の動機は金だ・・と思ったんです・・・笑

生活出来なきゃ名誉も人生もないですからね?笑

従って 私の稚拙な結論は 生活のために作品にサインをする・・です笑
自分で考えて出した結論です この件に関してはおしまい・・・笑

ちなみに私のおぼろな記憶では デューラー(D)のDの字が 父アルフレッド(A)の字の中に入っているのは 子供が父に庇護されたいからだって 説がありました・・・笑

ギルドで万人受けする絵を描かねばならないから アカデミックというべき作品(見本品)を練習するんです
それが庶民に広まったのが宗教画なんですね?笑
売れるからなんです笑

西洋の美術史は宗教の歴史なんです

私のそんな知識でも良いなら これから おいおい書いて行きます・・・笑

どうか暖かい目で見てやってくださいね?・・・笑

根拠と申しましても家が火事で文献は全部焼けてしまいました

今あるのは 絶望と悲しみだけ・・・うそ・・希望と喜びだけですよ笑


では 今日も 頑張りましょう!・・・笑














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